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第1話 コーヒーは私の精神安定剤4

Author: 岩瀬れん
last update Last Updated: 2025-07-03 15:13:14

「橋本さんは何のお仕事をされているんですか?」

「普通のOLです。極めて普通の。」

出勤から帰るまで社内にこもり、そのほとんどの時間をパソコンと向き合って過ごす。ずっと接客をしている彼とは全く違う業種であった。残業もほとんどなくこのご時世の中で超ホワイト企業だが、そのあとは合コンや飲み会に行くこともない。直帰するか、喫茶「ベコニア」にいることがほとんどである。普通の毎日を過ごしているただのOLをしているのだ。

「普通?」

「普通です。この仕事帰りの一杯のコーヒーを楽しみにしているただのOLです」

もう残り少なくなったコーヒーカップを手に持ちながらそう言うと、少し間を置いて桐山さんは吹き出すようにプハッと笑った。何かおかしなことを言ったのだろうか。そう首を傾げていると、少し目尻を下げた彼は「すみません」とまた微笑む。

「橋本さんは、本当にコーヒーがお好きなんだと思って」

「そりゃあそうですよ。私の生きがいですからね」

少し自慢げな顔をすると、彼は「ありがとうございます」と丁寧に返す。その丁寧さを感じる声色と動作に思わず私も反射的に会釈をしてしまった。目が合って、お互いにクスリと笑いをこぼす。

「桐山さんは、どうしてこのお仕事をしようと思ったんですか?」

「んー・・・何となく、かな」

少し間を置いてそう答える。予想外の回答に思わず「え?」と声を漏らす。コーヒーが好きだからとか、この喫茶店が好きだから、とかそんな答えだと思っていたのだ。それ以上に会話を広げることもできずに、それ以上私が口を広げることはなかった。

「僕、小さい頃は両親が仕事で忙しくてしばらく祖父のところに預けられていたんです」

そうポツリと、桐山さんは話し始めた。決して家族仲が悪くなかったが、両親の仕事の都合でやむお得ず祖父母と一緒に過ごす時間が多かったらしい。とは言っても祖父母も喫茶店で働いているため、学校帰りには此処にきて宿題をしたり時々お手伝いをしておこずかいをもらっていただとか。幼い頃からこの喫茶店に出入りし、祖父の仕事姿を眺めるうちにこの職業に憧れていたらしい。きっと大人びた子供だったのだろう。私の小学生時代の同じクラスの男の子はだいたいスポーツ選手やヒーローだったような気がする。

そのまま大人びた子供のまま成長している彼は、コーヒーカップを手に持ち大切そうに見つめた。

「祖父が淹れたコーヒーを飲むと、みんなが笑顔になる。このたった一杯の数百円のコーヒーに一体どんな魔法をかけたんだろう。そう子供ながらに興味津々でした」

「それは、私も分かる気がします・・・」

どんなに仕事が、例えば今日みたいに大変でも、このコーヒーを飲めば一気に疲れが吹っ飛んでしまう。思い返せば、あの日だってそうだった。心も体も疲弊していた時、ふらっと立ち寄った喫茶店で飲んだ一杯のコーヒー。まだ震える指先で、手が滑って綺麗なカップを落としてしまわないようし、そっと口に運んだ一口目。たった一口なのに、その温かさが体中を駆け巡った感覚を今でもよく覚えている。

「桐山さんの淹れるコーヒーって、誰が淹れたものよりも美味しいんですよね」

「そう言ってもらえて嬉しいです」

「でも、まだまだ修行の身ですよ。今は祖父の時からの常連がほとんどで、皆は美味しいと言ってくれるけど、祖父の淹れたコーヒーを飲むとまだまだだなって、思います」

あの日、とてもひどい顔をしていたのに、ふっと笑みがこぼれるような魔法をかけられたのを今でも覚えている。

「僕が淹れたコーヒーで、大切な人を笑顔にしたい。今はそれだけです」

そう話してくれた桐山さんは、とても慈悲深く、優しい表情をしていた。

 ふと、窓の外に視線を向けてみると、軒並み連ねる商店街の所々に赤や緑、黄色の光が灯っていた。ここまでくる間にも通ってきたが、2階から見下ろすこの景色もとても綺麗である。

あぁ、もうすぐクリスマスか。

そう思いながら携帯の画面を見ると、11月30日。もうクリスマスまで1ヶ月を切っていた。それどころか年が明けるまで1ヶ月である。1年とは早いものだ。夜になれば閑散とするこの商店街も、12月入るとクリスマス一色になる。ここから少し歩いた場所にある広間には大きなクリスマスツリーが飾られるのだ。遊びに来た人が飾り付けができるようにオーナメントが用意してあり、家族連れやカップルはもちろん、とにかく人が多く集まってくる。まだ11月だから今は所々にしか飾られていないが、12月に入ればこの商店街は一気にクリスマスモードになるに違いない。

独り身の今、今年のクリスマスは1人で過ごすことになりそうだ。残り1ヶ月のうちに恋人を作ろうなんて、そんな映画のような奇跡は期待していない。

でも不思議だ。

「もうすぐクリスマスですね」

「実は、クリスマスシーズン限定で仕入れる豆が明日から入るんですよ」

「それはとても楽しみです」

何だが全然、寂しくない。そう思うほど、このコーヒーの香りに包まれて過ごすこの時間が、この場所が、好きで、気に入っているんだろう。

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